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自治医科大学
遺伝子治療研究センター Jichi Medical University Center For Gene Therapy Research

AMED再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究中核拠点
AAVベクター

遺伝子治療・ゲノム編集

目次

    遺伝子治療とは

    遺伝子とは?

    生き物の体はたくさんの「細胞」でできています。遺伝子は、体中の一つ一つの細胞の中にある「生命の設計図」です。精卵からヒトの体ができる過程では、筋肉や骨、脳や神経、心臓や血管、胃や腸など、すべての臓器が遺伝子の情報をもとに作られます。また、体を動かす、神経の信号を伝える、傷を修復する、病原菌を退治するなど、生命活動に関わるありとあらゆる物質が遺伝子の情報が読み取られ作り出されています。遺伝子は「DNA」と呼ばれる長いひも状の構造に並んでいて、それが折りたたまれて「染色体」となり、「核」の中に存在します。ヒトでは約23,000個の遺伝子があることがわかっています。遺伝子とはDNA配列の一部(領域)に存在するタンパク質の設計図の部分を指します。体の中には様々な細胞があり、基本的に、すべての細胞の中には同じ遺伝子のセットが入っていますが、すべての遺伝子がいつも働いているわけではありません。必要な時に必要な場所で、必要な物質を作る遺伝子だけが働き、他の遺伝子は休んでいます。


    遺伝子からタンパク質ができるまで

    遺伝子の情報をもとに作られる物質はタンパク質です。遺伝子が含まれているDNAは、4種類の「塩基」と呼ばれる暗号のような物質が繋がってできています。4種類の塩基は、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)です。このたった4種類の塩基が一列に並び、その暗号の組み合わせで、どんなタンパク質を作るかが決まります。DNAは、二本の鎖がペアになっています。タンパク質を作る時には、鎖のペアが離れ、遺伝子をコピーするようにメッセンジャーRNAが作られます。この工程を転写と呼びます。遺伝子の情報がコピーされたメッセンジャーRNAは、核の外のタンパク質の製造工場であるリボソームに運ばれます。リボソームでは、メッセンジャーRNAの配列に従って、タンパク質のもとになる20種類のアミノ酸を一つずつ並べていきます。この工程を翻訳と呼びます。翻訳が最後まで進むと、数珠つなぎのアミノ酸が立体構造を形成し、遺伝子由来のタンパク質が完成します。こうしてそれぞれの遺伝子が持つ塩基配列の情報により、形も大きさも役割も全く違った様々なタンパク質が作られます。ほとんどの場合は正常なタンパク質が作られますが、遺伝子の異常で正常なタンパクが作られなくなったり、異常なタンパク質が出来てしまい、それらが生まれつきの病気を引き起こすことがあります。

    遺伝子治療とはどんな治療?

    遺伝子の働きを利用した新しい治療法として、遺伝子治療が進歩しています。現在、主に行われている遺伝子治療は、体の中で不具合のある遺伝子自体を治す治療ではなく、体の外から細胞に遺伝子(DNA)を届け、病気を治すために役立つタンパク質を作らせる治療法です。つまり、遺伝子“を”治療するのではなく、遺伝子“で”治療する方法と言えます。

    遺伝子治療の方法は2種類あります。その一つは、目的の遺伝子を持つベクターそのものを、注射などで体内に直接投与する方法です。in vivo遺伝子治療と呼ばれます。投与されたベクターは、目的の臓器の細胞内に侵入して、核内に遺伝子を届け、もともと持っている遺伝子と同じ仕組みで目的のタンパク質を作ります。もう一つは、目的の遺伝子をあらかじめ体外で導入した細胞を投与する方法です。こちらはex vivo遺伝子治療と呼ばれます。まず、体内の細胞を取り出し、ベクターを使ってそれらの細胞に目的の遺伝子を組み込みます。この遺伝子由来のタンパク質が作られた細胞を薬と同じように投与します。


    遺伝子治療とベクター

    遺伝子治療で、細胞に遺伝子(DNA)を届けるには、主にウイルスの細胞に入り込む力を利用することが多いです。ウイルスは人の細胞に入り込んで増殖し、病気を引き起こす悪者としての側面がよく知られていますが、遺伝子治療に使うウイルスは、病原性や増殖にかかわる遺伝子を取り除いた外側の殻に、治療に役立つタンパク質の遺伝子を入れたものです。ウイルスが細胞の中に入り込む力は残っていますので、それを利用して目的の遺伝子を細胞の中に届けるわけです。この場合の遺伝子の運び屋をベクターと呼びます。

    遺伝子治療の実際

    こうした遺伝子治療は、すでに様々な疾患で行われています。ベクターを直接投与するin vivo遺伝子治療は、主にアデノ随伴ウイルス(AAV)という種類のウイルスをベクターとして、目の病気や脊髄性筋萎縮症、パーキンソン病など神経の病気、肝臓に原因のある血友病など先天性の病気に対して使われはじめています。一方、遺伝子を導入した細胞を投与するex vivo遺伝子治療は、白血病や悪性リンパ腫など血液のがんに対してCAR-T細胞療法が行われています。まず、がん免疫で中心的役割を果たすT細胞を患者自身から取り出して、がん細胞を認識して攻撃力を高める機能を持つCAR遺伝子を導入します。この細胞(CAR-T細胞)を患者さんに投与すると、標的のがん細胞を見つけ、死滅させるようにはたらきます。これら以外にも、様々な疾患に対する遺伝子治療が開発中であり、遺伝子治療の進歩により、これまで治療が難しかった病気に対する治療の選択肢が増えることが期待されています。

    ゲノム編集

    ゲノム編集について

    • ゲノムとは?

    ヒトの両親からはヒトの赤ちゃんが生まれ、犬からは犬が生まれてきます。これは、人なら人、犬なら犬のゲノムを、子が親から受け継いでいるからです。ゲノムとは、その種類の生物であることを決めるすべての遺伝情報を含むものをさします。多くの生き物は、両親から1セットずつのゲノムが、子へと伝えられます。両親と顔や身長など、特徴が似ているのも、両親からゲノムを受け継ぐからです。そして、ゲノムの中には、体の設計図である遺伝子がいくつも並んでいて、人の体が形作られるだけでなく、そのヒトの特徴を決定します。遺伝子はゲノムの中で体の設計図となる情報をもつ部分を指す言葉です。生きるために必要なタンパク質やホルモンなどの様々な物質もゲノムの中に存在する遺伝子の情報によって作られます。

    • ゲノム編集とは?

    ゲノム編集技術とは、ゲノムのうち特定の遺伝子を選んで加工し、働かなくしたり、違う働きをさせたりする技術です。ゲノム編集に必要なのは、ゲノムの中にある遺伝子を切るハサミの役割をする酵素です。特に細菌由来のCas9という酵素の発見・開発がゲノム編集をより身近なものにしました。この酵素に、狙った遺伝子のところへハサミを連れて行ってくれる役割をもつガイドをつけることで、狙い通りのゲノムに含まれる遺伝子を切断することができます。細胞の中に狙った遺伝子に結合するガイドのついたハサミであるCas9を送り込むと、ガイドが狙った遺伝子に結合して、そこでハサミが目的となる遺伝子を切り離します。遺伝子には切れた部分を修復する能力がありますが、ハサミで何度も切り離されているうちに、この部分の修復がうまくいかず異常な配列となり、元の働きができなくなります。これがゲノム編集によって最も利用されている、特定の遺伝子を働かなくする方法です。

    • ゲノム編集の疾患治療への応用

    ではゲノム編集をどのように医療に応用するのでしょうか? 両親からの受精胚にゲノム編集のためのハサミを入れることで、特定の遺伝子を働かなくした生体をつくりだすことができます。実際に、過去には中国の研究者がエイズに感染しにくくなる双子の赤ちゃんを生み出したことが話題になりました。しかし、精子や卵子、受精胚にゲノム編集をしてしまうと、子孫に編集したゲノムが受け継がれてしまうため、その安全性に加えて、倫理的な問題から、この方法をヒトの治療に用いることは、現在は禁止されています。そこで、ゲノム編集を治療に応用するためには、特定の臓器や細胞のみを標的とした方法の開発が進められています。特に、肝臓や、血液の元となる造血幹細胞を標的としたゲノム編集治療が実際に行われています。

    • ゲノム編集治療の例(1)

    トランスサイレチンアミロイドーシスは肝臓において異常なトランスサイレチンを作り出し、これが心臓や神経に沈着して臓器に障害をきたします。この病気については、ゲノム編集のための道具を、新型コロナウイルス感染症のワクチンでも利用された脂質ナノ粒子という運び屋に入れて注射し、トランスサイレチンを作り出す肝臓に届けます。すると、肝臓の細胞の中で、ガイドがトランスサイレチン遺伝子のところにハサミを連れて行き、トランスサイレチン遺伝子が働かなくなるようになり、肝臓で異常なトランスサイレチンが作られなくなることで、この病気を治療します。

    • ゲノム編集治療の例(2)

    鎌状赤血球症は、赤血球に含まれる、全身の酸素を運ぶヘモグロビンの異常によって赤血球に三日月のような変形が生じる病気です。この変形した赤血球が壊れやすく、貧血や血液が固まりやすくなってしまいます。ヘモグロビンには、お母さんのお腹の中にいるときの胎児型と、生まれてからの成人型の二種類あり、鎌状赤血球症は成人型ヘモグロビンの異常です。胎児型の時は変形していません。胎児型のヘモグロビンは、生まれてから血液細胞のBCL11Aと呼ばれる遺伝子のスイッチが働くことで、成人型に変わります。そこで、鎌状赤血球症の患者さんの血液の元となる造血幹細胞に、ゲノム編集を行い、このスイッチが働かないようにします。すると大人でも変形のない胎児ヘモグロビンをもつ赤血球を作り出すことができ、貧血などの症状が治ります。

    • ゲノム編集治療の課題

    ゲノム編集治療には、まだ多くの課題が残されています。ひとつは、ゲノム編集の道具を目的の臓器や細胞にとどける方法です。現在は肝臓と造血幹細胞のゲノム編集治療が現実のものとなっていますが、様々な疾患を治療するためには、それ以外の臓器にもハサミを届ける方法を開発し、治療できる場所を増やしていかなければなりません。た、現在は、遺伝子を働かなくする治療が行われていますが、より多くの疾患を治療できるように、疾患の原因となる遺伝子を修復したり、新たな遺伝子を挿入したり、さらには遺伝子自体を書き換えるような様々な技術も開発が進んでいます。これらの技術の開発は日々進歩しており、ゲノム編集医療は多くの可能性を秘めています。いずれ、患者さんの遺伝子の異常を個別に修復するといった夢のような治療も現実のものになるかもしれません。